病状プレゼンテーション力


 久々の更新。先々週の頭に口の中がパンパンに腫れて激痛&発熱に見舞われ実家に収容。一週間ほど会社を休むという窮地に陥ったわけだけど。そこで思ったのは、自分の病状を医者に伝える能力って、生死を分けるなあと。僕は今回、「口の中が腫れて熱を持ってしまっている」「口から上がって鼻や顔も痛い」「血が混じった鼻水が止まらない」「頭が痛い」などを伝えたわけですけど、向こうが受け取ったのは「鼻血」だったりして、吸引と止血されておわり、みたいなことになったわけです。こういうことってみんな一度は経験してると思うんだけどどーでしょうか?


 医者が悪いのか患者の説明が悪いのか、っていう議論はあんまり意味がなくて、患者である自分らは、いかに自分のこの非言語的な「つらい」状況を、言語にして伝えられるかってとこは、下手したら生死を分けたりすんじゃないかとふと気づいたのです。生死までいかなくても、おおよそ非言語的な状況説明や要望は言語化するのが難しいし、誰がいけないかとかではなくて伝わらなくて損するのは自分なのね。美容院とか家のデザインとかもそうだけど。しかも相手が解決の鍵やスキルを握っているとなおのこと、弱気になったり泣き寝入りしたりしがち。プレゼン力って大事やなって。


もうひとつのプレゼン―選ぶ側の論理

もうひとつのプレゼン―選ぶ側の論理


 ふとこの本を思い出しました。オリエンする側のオリエン。解決して欲しい側が、以下にその問題を相手に正しく伝えるかに、どれだけ難しさと奥の深さがあるかという一冊なんだけど。依頼される側の企業にいるとついつい、汲み取るむずかしさばかり考えてしまうのだけど、自分でも分かりきってないものを伝えるっていうのは、めちゃんこ難しいなと。病院で思った気づきでした。


〜〜〜〜


本日の一曲:


 いいねえ。何も言うまい。懐がすんごく大きな一曲。